患者や患者関係者からの暴力を減少させるためにディエスカレーションは必要です。
1、ディエスカレーションとは
言語的、非言語的な介入により怒りや衝動性、攻撃性を和らげ、当事者が普段の穏やかな状態に戻るように助けることです。
ディエスカレーションを取り入れることで「隔離室」「拘束帯」「薬剤」などを使った治療を減少させることが期待できます。
暴力の減少へとつながるのだ
1).基本的な関係
協働的な関係性を構築することが重要で、対象者と関わる全ての職員がディエスカレーションとなります。
関わる全ての職員は自分の立ち位置や役割などを考えて必要なディエスカレーションは何かを考えて行動する必要があります。
職員が「味方である」「労っている」「気にかけている」など、当事者がそのように感じるように関わることが大切です。
2、ダブルバインド
二重拘束という意味なのだ
2つの矛盾した命令により精神的ストレスがかかる状態です。
例えば、言葉では「大丈夫ですか」と声をかけているのに行動では強く押さえつけている状態がダブルバインドになります。
非言語的メッセージは相手に伝わります。
表情、仕草、動作などが共感的でなく管理的であると、いくら優しい言葉を投げかけても矛盾となります。
ダブルバインドにならないためにも「当事者のことを真剣に助けたい」という思いが自然と言語的、非言語的コミュニケーションに表れる必要があります。
1).対象者への認識
対象者を「患者」と認識していると、何かあった時に助けようとする思考は「医学的処置」「対処法」などを考えてしまいます。
対象者を「人」と認識していると、何かあった時に助けようとする思考は「その人を思いやる」などの単純なことから考えます。
対象者を患者と認識するのではなく人と認識することで「助けたい」という思いが表れたコミュニケーションができるようになります。
3、必要なスキル
1).傾聴
傾聴することができなければディエスカレーションはできません。
傾聴のポイントは「受容」「共感」です。
2).交渉
「対象者がどうしたいのか」「職員が対象者にどうして欲しいのか」などを協働してその方向性を話し合います。
お互いが満足する方向性を見つけます。
3).解決技術
早期に介入することで対象者の問題を早期に発見できます。
発見した問題を解決しようとする対象者の技能を支援します。
4).自己分析
ディエスカレーションは標準的なアプローチがないため、まずは自分自身を良く知る必要があります。
状況をどう判断するのか、どうアプローチするのか、自分なりの方法で直感的にディエスカレーションすることが重要です。
5).責めない
対象者が興奮する理由は必ずあります。
興奮しているから無理矢理押さえ込むのではなく、興奮の原因を探り、交渉できるようにゆっくりと冷静になるようします。
一方的に「責める」「追いこむ」「逃げ道を塞ぐ」などの言動をしないように注意します。
6).注意事項
命令、禁止、指示、強制などはしてはいけません。
- 対象者を管理しようとする
- 一方的に指示する
- 職員に従わせようとする
- 「気持ちはわかるよ」などの表面的な共感
- 対象者と対立する
- 急がせる
など
4、協働
とても重要なのだ
複数の主体が目標を共有して責任や役割の分担を決めて活動することです。
協働する姿勢はディエスカレーションで最も重要なことです。
「積極的」「真剣」に関わろうとする姿勢が必要になります。
1).主語
主語を私たちにします。
「私たち」の中には全職員と対象者も含みます。
対象者や職員と共に一緒に良い方向へ進むためにはどうしたら良いのかを考えることが重要です。
2).感情
人は感情を持つ生き物です。
対象者の感情は職員にとって「怒り」に感じることがありますが、実は微妙に違うことがあります。
「ここから出せ!」と怒鳴るとき、客観的に見るとその感情は「怒り」に見えますが、対象者にとっては「不甲斐なさ」「悔しさ」「憤り」「心配」「不安」などの感情によることがあります。
時間を充分にとり対象者がどのように感じているのかを話せるようにして、その感情の意味を知ろうとすることが重要です。
3).関心
対象者に関心を向けていると示すことが重要です。
メッセージの伝え方を工夫するだけで対象者に関心を向けていると強く思わせることができます。
例
「話を聞く」と伝える場合
①「話を聞きますね」
②「しっかり話を聞きますね」
どちらが関心を向けているように感じますか。
「②しっかり話を聞きますね」と伝えた方が関心をより強く持ってもらえていると感じると思います。
「必ず」「しっかり」「詳しく」などの言葉を状況により使い分けてメッセージの伝え方を工夫します。
5、交渉
相手と話し合いをして取り決めをすることです。
協働関係を築くためには交渉が必要になります。
「怒り」で交渉が難しくても、可能な限り交渉をします。
交渉ではお互いが満足する解決策を考えますが「法律」「規範」「常識」など通常逸脱してはいけないことは容認しません。
1).選択肢
対象者に複数の選択肢を提示します。
選択肢は対象者に決定してもらいますが、対象者が自分自身で制御できていないときは安全を第一優先にします。
安全を第一優先する方法が「抑える」であればこの行動を優先します。
2).行動
職員が対象者に「近づく」「触る」など行動をするときに「近づいて良いですか」「触っても良いですか」と交渉をします。
安全を優先するために対象者を複数人の職員で拘束しているときでも、対象者と一緒に「立ち上がる」「座る」などの行動をするときに「立ち上がりますが良いですか」「座りますが良いですか」と交渉します。
対象者が交渉に応じて行動したときは感謝を伝えます。
3).自己開示
対象者に自分の「気持ち」「思い」を少しずつ伝えます。
「助けたい」「何とかしたい」という思いがあればそのまま言葉にして伝えます。
「安心」「困る」「怖い」「感謝」などの思いも伝えます。
安全を優先するために対象者を複数人の職員で拘束しているときは、「ごめんなさい」「こんなこと本当はしたくない」などの思いを伝えます。
4).誠実
交渉するときは「嘘」「偽り」「できない約束」など、その場をしのぐようなことをしてはいけません。
その後の関係性に悪影響を及ぼします。
できることを約束して誠実に対応します。
5).未来
回復した未来を思い描くような声かけをします。
今までの努力を労いこれから、どうしていく予定であったかを話すことで対象者に冷静さを取り戻してもらいます。
約束したのに「なぜ破ったのか」「守れないのか」と責めることはしません。
例
「外泊をして上手くできたら退院される予定ですよね」
6).武器
武器を持っている場合は危険性が高くなります。
対象者を刺激しないように「ゆっくりした動作」「ゆっくりした言葉」で時間をかけて交渉します。
意思決定の速度が遅くなり感情的な行動や反応を回避することができます。
6、自分が落ち着く
深呼吸するのだ
ディエスカレーションを実践するときは自分が落ち着いていることが大切です。
職員が「慌てる」「怯える」などで曖昧な対応になると敵意帰属が起こりやすくなります。
人は攻撃されると「怒り」「恐怖」「不安」などの感情が起こり自分に非がないと思っていても「悪いことしたのだろうか」と罪悪感を感じます。
罪悪感により無口になると対象者はさらに攻撃的になりやすくなります。
他にも自分の感情により「恐怖によりできない約束をする」「怒りを怒りで返してヒートアップする」など状況がより悪化することがあります。
人は感情的になると合理的に考えられなくなり正しい判断ができなくなります。
対象者が感情的になっていても職員は落ち着いて冷静に対応する様にします。
7、非言語的コミュニケーション
ノンバーバルコミュニケーションとも呼ばれます。
1).パーソナルスペース
パーソナルスペースとは他人に近づかれると不快に感じる空間のことです。
親密になればパーソナルスペースは狭くなり、敵意を持っている相手にはパーソナルスペースは広くなります。
攻撃的な状態であればパーソナルスペースは広くなるので注意が必要です。
距離は「対象者の身長」「お互いに腕を伸ばした距離」などと考えられています。
距離を取りすぎるとコミュニケーションができないだけでなく、対象者に「逃げている」「話にならない」など思われることがあるため適切な距離を保ちます。
2).適度な距離
社会距離が理想的な距離です。
ポイント
- 観察ができる
- 対話ができる
- 攻撃を受けない
密接距離
- 0〜45cm
- 手を伸ばさなくても届く距離
- 家族や恋人など親しい関係性の距離
個体距離
- 45〜120cm
- お互いに手を伸ばせば届く距離
- 友人や同僚などの距離
社会距離
適度な距離は自分を守ることにもなるのだ
- 120〜350cm
- お互い手を伸ばしても届かない距離
- 商談などをする距離
公共距離
- 350cm以上
- お互い手を伸ばしても全く届かない距離
- 講演会などをする距離
2).サイドウェイスタンス
対象者に対して約45度の角度で立つスタンスのことです。
スノーボードやスケートボードなどで基本の姿勢になります。
サイドウェイスタンスをとり両方の手のひらを見せてリラックスした姿勢を取ります。
この姿勢は「攻撃」「威嚇」などではなく対象者に話を聞いてくれると思わせることができます。
また、対象者からの攻撃に対応しやすく回避するための姿勢にもなります。
3).立ち位置
対象者と向かい合うときは安全な場所に立つようにします。
対象者が攻撃してくることを考えると、対象者の利き手の外側が比較的安全な立ち位置になります。
利き手の外側だと「攻撃が当たりにくい」「かわしやすい」「攻撃が当たっても軽いケガ」などリスクの低い位置になります。
逆に利き手の内側であれば「攻撃を受けやすい」「かわしにくい」「攻撃が当たると重いケガ」となりやすくなります。
これは、人は外側と内側では内側の方が力が入りやすく身体の動きを制御しやすいからです
また、対象者や職員にとって「逃げ場がない」位置へは立たないようにします。
4).視線
適度に視線を合わせて対象者の「表情」「動き」をとらえることが重要です。
視線を合わせ過ぎると「にらまれている」と思われたり、視線を合わせずに伏せていると「おどおどしている」と思われたりしてコミュニケーションが図れなくなります。
5).触る
人は怒っているときに触られると「攻撃された」と直感して反撃行動をすることがあります。
防衛的な行動であるため対象者に触るときは同意を得てから触るようにします。
8、攻撃行動因子
暴力が起きるためには引き金「trigger」武器「weapon」覚醒水準「level of arousal」標的「target」が必要になります。
このいずれかを除くことができれば暴力を防ぐことができると考えられています。
1).引き金「trigger」
対象者にとって良くないことが引き金になりやすいです。
- いじめ
- からかい
- 面会中止
- 外出、外泊中止
- 思い通りにならない
など
2).武器「weapon」
対象者の身体、身の回りの物、全てが武器になります。
- 手
- 足
- 噛みつき
- イス
- つくえ
など
3).覚醒水準「level of arousal」
- やる気
- 活発さ
- 意識の明確さ
など
4).標的「target」
対象者が攻撃をしようとする人や物のことです。
- 狙いを定めた人
- 狙いを定めた物
など
9、治療計画
対象者が興奮したとき、対応方法の計画をあらかじめ考えて行動します。
1).タイムアウト法
感情のクールダウンを目的に行います。
対象者に休息を促して休むことで気持ちを落ち着かせて冷静さを取り戻す方法です。
対象者と前もって計画を立て、自主的に怒りのコントロールができることが望ましいです。
2).リミットセッティング
ネガティブフィードバックにより強化をしないことを目的として行います。
対象者との関わり方をあらかじめ決めて対応することです。
対応方法は対象者と協働して作成することで、その対応方法を実践しても「罰を与えられている」と思わないようにすることができます。
例えば次のようなものがあります。
レベル1「何もしない」
注目を引くだけの行動
レベル2「やめるように声をかける」
注目を引く以外にも周囲に迷惑をかける行動
レベル3「職員が介入して保護室へ移動」
職員がやめるように声をかけても周囲に迷惑行動をやめない
10、怒りの段階
人は理由もなく怒ることはありません。
怒るときはその人にとって「怒れる理由」があります。
その「怒れる理由」が看護師にとって理不尽なことでも対象者にとっては怒る理由であることを理解します。
1).第1段階「不安」
なんらかのきっかけにより不安となった状態です。
アセスメント内容
- 不安となったきっかけ
- 落ち着ける環境
- 介入する職員は誰が適しているか
不安を和らげるためには、対象者が信頼している職員で対応することが望ましいです。
環境も不安を和らげる要因であるため、落ち着ける環境へ移動してコミュニケーションを図ります。
コミュニケーションをするときはオープンな質問をして対象者が言いたいことを言えるようにします。
散歩やレクレーションなど気分転換を図ることで不安が解消されることもあります。
ポイント
- コミュニケーションはユーメッセージではなくアイメッセージを使う
- 対象者の言いたいことを正確に把握するために聞き直す
- 対象者の感情を認める
注意事項
- 「指示的」「複雑」な質問はダメ
- 「なぜ」「どうして」など質問責めはダメ
- クローズドな質問はダメ
2).第2段階「怒り」
不安から怒りへと変化している状態であるためイライラなどから攻撃性が高まります。
対応する職員の安全を最優先にして関わります。
アセスメント内容
- 周囲に危険物となるものがないか
- 効果的に怒りを鎮静化できる手段
- 対応する職員の人数
威圧的にならないように「適正な距離」「立ち方」「視線」などを意識して会話を続けます。
対象者が冷静でない場合は大きな声で注意を向けることも有効的です。
対応する職員が「怯える」「慌てる」と対象者は攻撃的になるため落ち着いて交渉をします。
交渉として「タイムアウト法」「深呼吸」などをしてもらえるかを聞きます。
他にも対象者が何をどうしたいのかを聞いて、複数の対応方法を提示して選択してもらいます。
対応方法は「法律」「規則」「モラル」など一般常識を逸脱することは認めませんが、単に「規則だからできない」などの返答だと攻撃の引き金になることがあるため注意が必要です。
ポイント
- 「何と答えて良いか困っています」など自分の気持ちを話して自己開示をする
- リミットセッティングを取り入れる
- 対象者の頑張ってきたことを認める
- 今後の方向性や行動の結果どうなるのかを伝える
注意事項
- 対象者に「攻撃されてる」と思わせない
- 急な動きはダメ
- 感情的な対応はダメ
- 相手の感情についての議論はダメ
- 嘘をつくのはダメ
- できない約束はダメ
- 不用意に近づく触るはダメ
3).第3段階「攻撃」
怒りが暴力として現れて攻撃する行動が開始されている状態です。
複数の職員で対応する必要があります。
アセスメント内容
- 職員の安全な場所
- 武器の有無
- 対象者も含めた周囲への被害
- アプローチ方法
1人で対応している時は安全な場所に逃げて助けを求めます。
身体介入が必要な場合、準備ができていなければその場から離れて準備します。
身体介入をすると対象者は「攻撃をされた」と思いことがあるため「申し訳ない」「味方である」などの思いを伝えます。
身体介入をしても交渉ができず、落ち着きを取り戻せないのであれば「薬剤投与」「隔離」「拘束」を考えます。
ポイント
- 身体介入する職員役割を決めておく
- 身体介入の必要性などを説明をして協力を求める
- これからどうするのかを話す
- 協力してくれたことに感謝を伝える
注意事項
- 身体介入をする時に痛みを与えるのはダメ
- 複数人で交渉するのはダメ
4).第4段階「怒り」
暴力は消失したが怒りは残っているため、刺激により暴力が現れるリスクが高い状態です。
アセスメント内容
- 暴力の再燃のリスク
- 交渉はできるか
- 移動はできるか
職員の安全を確保するために身体介入は続けていますが、対象者が楽になる方向を考えます。
身体介入を続けながら「イスに座る」「身体介入を徐々に緩める」をしていきます。
職員の不安感などが重要な判断材料になるため慎重に身体介入を緩めていきます。
身体介入を緩めていく段階で、「突発的」「予測不能」なことがあるため注意が必要です。
ポイント
- 職員が「リスクが高い」「恐怖」「不安」など感じるときは慎重に判断をする
- 「移動する」「座る」などの行動をするとき対象者に交渉する
- 「力をを抜いてくれますか」「お話できますか」など交渉をして話を進めていく
- 不穏時などの頓服を希望するときは与薬する
- 病院や病棟などのルールに不満である場合は検討することを約束する
注意事項
- アドレナリンは90分持続するため注意
- 暴力のリスクが高いのに無理に体勢を変えてはダメ
- 「立たせましょう」などの職員同士の会話はダメ
- 攻撃性が対象の利益につながるような解釈を与えるのはダメ
- 怒りに対して刺激してはダメ
- 複雑な問題を解決しようとしてはダメ
- 「仕返し」「報復」などとられる行動はダメ
- 罰を与えるような話しはダメ
5).第5段階「不安」
対象者は「穏やか」「冷静」などに戻る状態です。
対象者によっては「罪悪感」「疲労感」を感じる方がいます。
アセスメント内容
- 対象者の今の気持ち
対象者は今までの生活に戻りますが「不安」「不穏」などの状態は少し残っています。
職員が大丈夫と思っていても再燃するリスクはあるため、観察は継続します。
ポイント
- 対象者と一緒に振り返りをする
注意事項
- 対象者を責める
- 話しの内容を蒸し返す